第3章 国際財務報告基準(IFRS)への収斂の我が国の対応 01

1990年代に「会計ビッグバン」により、日本における会計基準の整備は大きく進展したが、2000年以降は資本市場のグローバル化のスピードと歩調を合わせるように、海外の動向が日本の会計基準に直接影響を与えるようになり、その整備も一層急ピッチで進められることになった。

国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board:IASB)の組織改革に対応する形で、日本でも2001年4月に民間の独立した会計基準設定主体として、企業会計基準委員会(Accounting Standards Board of Japan:ASBJ)が発足した。その後、国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards:IFRS)を中心とした世界的なコンバージェンスが加速度的に進展し、また、欧州連合(European Union:EU)における会計基準の同等性評価に強い影響を受け、ASBJの活動も会計基準のコンバージェンスがその中心をなすようになった。

しかし、米国を含む世界の急速なIFRSへの収斂を受け、2008年にはIFRSの採用に向けた議論が金融庁企業会計審議会で開始された。その結果、2009年2月4日に企業会計審議会・企画調整部会から「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)(案)」が公表され、4月6日までコメントが求められることとなり、IFRSの日本における採用に向けた姿勢を内外に示す結果となった。

1. 欧州連合(EU)における会計基準の同等性評価

(1)2005年問題

本協会では、2005年から欧州市場において上場する域内企業が作成する連結財務諸表にはIFRSを適用することが義務付けられることとなったことに伴い、2004年7月に2005年問題プロジェクトチームを立ち上げた。本プロジェクトチームはその後幅広い観点から審議を行い、当時考えられる問題点及びその対応を取りまとめ、2005年3月に「2005年問題に関する提言」として公表した。

「2005年問題に関する提言」の公表に関するプレス・リリースでは、「2005年よりEU加盟国の上場企業で国際会計基準が採用される予定であり、欧州市場において資金調達を行う日本企業に大きな影響を与えることが懸念されている。(略)今後、EU以外の国々でも国際会計基準を自国の基準として採用する国が増加すると予想され、結果として、世界の会計・監査制度が大きく変貌し、それがわが国にも大きな影響を及ぼす可能性がある」と冒頭に示され、今日の世界を取り巻く会計の状況をまさに予言した内容となっている。

本提言における会計基準に関係する部分を取り上げると、問題点の所在として、昨今の大幅な会計基準の改訂作業により、我が国会計基準は国際会計基準とほぼ同等な水準に達しているが、それが十分に理解されず、欧州市場において日本基準で作成された財務諸表が受け入れられなくなる事態となることが懸念されている、という指摘がされている。

このような問題に対応するために、2005年プロジェクトチームは6つの提言を行った。

  • 国際会計基準へのコンバージェンスは、異なる基準の中からベストなものに収斂されるプロセスであり、このコンバージェンスに対する我が国の前向きな姿勢が、国際的に正しく理解されるような施策を進める必要がある。
  • 金融庁、日本経団連、企業会計基準委員会等と連携し、我が国の会計基準及び監査基準が国際基準と遜色のないものであるという国際的な認知を受け、日本基準の財務諸表が引き続きEU市場で受け入れられるよう、最善の努力をする。
  • 企業会計基準委員会が中心となり、日本会計基準と国際会計基準、それぞれの基準間で見直すべき箇所を明らかにするとともに、日本基準で見直しすべきものについては、具体的なスケジュールを含めて見直しのプロジェクトを立ち上げる必要がある。
  • 経営者による企業の内部統制の整備状況に対する自己評価を開示義務とした上で、外部監査人の検証を義務付けるような内部統制についての監査報告制度の確立を推進する。
  • 将来国際的に活躍できる人材の育成プログラムが必要である。
  • 公認会計士業界も含め、全ての利害関係者の会計基準設定機関に対する資金協力が必要である。

この他、監査実務の充実、日本公認会計士協会の基準設定機能等の状況、後継者育成問題、及び国際会計基準・国際監査基準の教育と訓練の4項目に関する対応策を検討し、提言として纏めている。

(2)欧州証券規制当局委員会(CESR)による同等性評価

1. 目論見書指令と透明性指令

2002年7月に採択された「国際会計基準(IAS)の適用に関する規則」に加え、EU域内市場の統合化を推進するために、企業内容の開示に関する指令が2つ策定された。発行開示に関する「目論見書指令」と、定期開示に係る「透明性指令」である。

この2つの指令により、EU域内の証券発行者は国際会計基準(International Accounting Standards:IAS)に準拠した連結財務諸表の作成義務を負うが、目論見書指令実施規則により、EU域外の証券発行者は、2007年1月1日以降、IAS又はIASと同等の本国基準に従って財務諸表を作成することが義務付けられ、さらに欧州委員会(European Commission:EC)はEU域外国の会計基準の同等性を評価するメカニズムを設けることが義務付けられた。ECは、2004年6月に欧州証券規制当局委員会(Committee of European Securities Regulators:CESR)に対し、米国会計基準、日本会計基準及びカナダ会計基準の同等性評価について、技術的助言を行うよう指示を発出した。

2. 概念ペーパーの公表

2004年10月にCESRは、同等性の意味、同等性の技術的評価の方法、対象となる基準の範囲等に関する概念ペーパー案を公表し、広く意見を求めた。また、同年11月にはパリのCESR本部で公聴会も開催された。金融庁、企業会計基準委員会(ASBJ)、日本経団連とともに、本協会も公聴会に参加するとともに、意見を提出して対応を図った。コメントを受け、CESRは2005年2月に概念ペーパーを公表したが、第三国会計基準とIASとの同等性について、次の5点について明らかにしている。

同等性の目的

「同等」とは基準の一致(identical)ではなく、投資家が第三国の会計基準に従った財務諸表に基づき、IASで作成された財務諸表に基づく場合と類似した(similar)投資判断が可能な場合には、「同等」と言明することが可能である。

次の3つの一般原則の検討
  • 目的適合性、理解可能性、信頼性及び比較可能性
  • IASと類似の項目をカバーしていること
  • IASと同一の目的(投資家の意思決定に有用な情報を提供するという目的)を有していること。
技術的評価

2005年1月1日時点で適用されているIASと第三国会計基準の全体について、技術的評価を実施し、分析はEU及び第三国の金融・会計関係者によって、実務上共通して見出され、または知られている重要な相違に限定する。

同等でない場合の結果

「同等」の場合は、調整は不要であり、「同等でない」場合(相違が幅広く、根本的で重要な場合)は、修正再表示を要する。これらの両極端の間にある、中間的なケースの場合には、補完措置(remedies)を適用することとし、差異の重要性に応じ、追加的開示、調整計算書、補完計算書のいずれかを適用する。

早期通知メカニズム

CESRは、ECから2005年1月1日以降の早期通知メカニズム(会計基準の変更をEU当局に通知)に関する助言を求められており、補完措置が適用される場合には、同等性について定期的に再評価することが適当である。

3. 技術的助言と26項目の補完措置

上記の概念ペーパーに示された方針に従い、CESRは米国基準、日本基準、カナダ基準のIASに対する同等性の技術的評価を実施し、2005年7月5日にECに対する技術的助言を公表した。この最終版の公表に先立ち、4月に助言案が公表され、概念ペーパー案の公表時と同様に、金融庁、ASBJ、日本経団連とともに、本協会も公聴会に参加するとともに、意見を提出して、日本の会計基準がIASと同等であることを訴えた。

CESRの助言は、日本基準について、米国基準、カナダ基準とともに、「全体として同等」としながらも一定の補完措置を要求した。補完措置の対象となる重要な相違の項目は、日本基準については、26項目、米国基準は19項目、カナダ基準は14項目とされた。また、補完措置の内容は、1. 開示Aとして、第三国基準によって既に提供されている定性的・定量的開示を拡充、2. 開示Bとして、事象・取引をIASに従って会計処理した場合における定量的影響の表示、3. 補完計算書として、仮定計算ベースの要約財務諸表の作成の3つとされた。

CESRが指摘する補完措置別の日本基準の重要な会計基準の相違は、下記の通りである。

ア. 開示A
  • 株式報酬(IFRS 2)
  • 取得原価での少数株主持分(IFRS 3)
  • 段階的取得(IFRS 3)
  • 異常危険準備金(IFRS 4)
  • 工事契約(IAS 11)
  • 不良債権(IAS 12, IAS 30)(開示が既になされている場合を除く)
  • 資産の除去債務に関する費用(IAS 16)
  • 従業員給付(IAS 19)
  • のれんの換算(IAS 21)
  • デリバティブの公正価値(IAS 32)
  • 減損の戻入(IAS 36)
  • 廃棄費用(IAS 37)
  • 投資不動産(IAS 40)
イ. 開示B
  • 株式報酬(IFRS 2)
  • 交換日(IFRS 3)
  • 取得した研究開発費(IFRS 3)
  • 負ののれん(IFRS 3)
  • 後入先出法の使用及び原価法(IAS 2)
  • 会計方針の統一(IAS 28)
  • 減損テスト―割引前将来キャッシュフロー(IAS 36)
  • 開発費用の資産化(IAS 38)
  • 農業(IAS 41)
ウ. 補完計算書
  • 持分プーリング法(IFRS 3)
  • 連結の範囲(支配の定義―適格SPE)(IAS 27)
  • 会計方針の統一(IAS 27)
エ. 将来の作業(未解決の問題)
  • 金融商品(IAS 39)(開示Aの可能性)

(3)同等性評価の延期

当初のスケジュールでは、欧州委員会(EC)がCESRの助言を受け、2005年末又は2006年初めまでに同等性を決定するとされていたが、2005年4月に米国証券取引委員会(Securities and Exchange Commission:SEC)からIFRS受け入れのロードマップが公表されたこと等を受けて、2006年4月には、ECは同等性の決定を延期する規則改定案を公表した。最終的に2006年12月に、2年の延期が正式に決定されたが、その理由は、米国財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board:FASB)とIASBによる覚書(Memorandum of Understanding:MoU)の公表や、IFRSの採用国の増加等、世界的なコンバージェンスの進展を鑑み、同等性の結論を2年延期して、その間のコンバージェンスの進展を促すのが望ましい、とされた。

同等性評価の延期決定に関する規則により定められた内容は、以下の通りである。

  • 2009年1月1月までは、EU域内において、日本基準、米国基準、カナダ基準を補完措置なく使用することを認める。
  • 日本基準、米国基準、カナダ基準については、ECは、2007年4月1日までに、当該国の会計基準設定者等の作業工程表に関し、最初の報告書を策定し、欧州証券委員会(ESC)及び欧州議会に提出する。
  • 上記以外の第三国会計基準についても、会計基準設定者等が、会計基準のコンバージェンスについて公約し、作業工程表を策定している場合、2年間に限り財務情報のIASへの調整表作成義務等を免除する。また、これらの第三国のコンバージェンスの進展、及び調整措置の義務の解消に向けた進展について、ECは、ESCと欧州議会に対して定期的に報告することが求められる。
  • ECは、2008年4月1日までに、日本基準、米国基準、カナダ基準及びその他の第三国の会計基準について、コンバージェンスの進展、及び第三国の規則の下で欧州企業に適用される調整措置の義務の解消に向けた進展について、CESRとの協議を踏まえ、ESCと欧州議会に対して報告する。
  • ECはまず、2008年1月1日までに、同等性の定義及び同等性評価のメカニズムを構築する。それらに基づき、2009年1月1日の少なくとも6ヶ月前までに、第三国の会計基準に関する同等性評価の決定を行うことを確保する。これに先立ち、ECは、同等性の定義の適切性、同等性評価の仕組み及び同等性の決定に際して、CESRと協議を行う。

(4)IFRSと同等との結論

上記の決定を受け、CESRは2007年6月に第三国会計基準同等性評価に係るメカニズムの助言を公表した。さらに、2008年3月に、中国、日本、米国の会計基準同等性評価につき最終助言を公表し、日本の会計基準については、前年にASBJとIASBが公表した「東京合意」に示された予定通りコンバージェンスの作業が進捗していれば、IFRSと同等とされた。

本最終助言では、これまでの「ある時点における会計基準間の差異を特定する」というアプローチを転換し、「ホリスティック・アプローチ」を採用し、2005年7月の技術的助言に見られた、基準ごとの差異を拾い上げ、補完措置を提案するという内容から大きく変わっている。ここで、ホリスティック・アプローチとは、仮に基準間の差異が残っていたとしても、それら差異の解消を目的とした基準設定主体間における合理的なコンバージェンス・プログラムが存在し、かつ、そのプログラムが確実に実行されていると評価できるのであれば、全体として「同等」と評価できるというものである。このアプローチの変更の主な背景として、1. 会計基準設定主体間のコンバージェンスの進展、2. SECにおける外国企業によるIFRSの財務諸表に対する調整表作成義務の撤廃の二つが挙げられている。

なお、米国会計基準については、IFRSのコンバージェンス作業が現に進行しており、かつ、今後とも続けられ、両基準がいずれ実質的に同等となることが見込まれることから、同等と評価すべき、とされ、中国会計基準については、表面上はIFRSと同等なものとなっているが、2007年1月から適用開始となったばかりであるため、同等性評価については、当面、延期すべきとされた。

その後2008年4月にECは、CESRの助言に基づく第三国会計基準に関する報告を公表し、6月には規則案を公表した。これを受けて、欧州議会等での決議を経て、同年12月12日にECは、米国会計基準と共に、日本の会計基準についても同等との結論を採択した。2004年から始まった会計基準の同等性評価はこれで決着を見ることとなり、日本企業は、2009年以降も欧州市場において日本基準に準拠して作成された財務諸表を用いて上場を続けることが可能となった。

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