第2章 国際財務報告基準(IFRS)への収斂の国際的動向 05

12. 金融危機への対応

(1)サブプライム・ローン問題に端を発する金融危機

サブプライム・ローン問題を契機に、トレーディング目的の有価証券として通常所有されている証券化商品等の有価証券に係る信用リスクと流動性リスクが著しく高まり、当該債券等の取引が成立しないことから、現金化のための投売り等による著しく低下した異常な取引価格しか存在しない状況となった。

2008年9月15日に、米大手証券リーマン・ブラザーズが連邦破産法第11条の適用を申請し破綻して以降、金融市場は一挙に混乱した。金融機関等が多量に保有しているこれらの有価証券の取引価格が著しく低下し、金融機関の財政状態が極度に悪化し、世界的な信用不安を招く様相を呈してきた。こうした事態の下で金融機関の要請を受けて、金融商品の時価評価の凍結や緩和の圧力が強まり、新聞紙上を賑わした。

証券化商品等の評価の問題は、2007年夏頃から始まっていた。こうした情勢を背景に、金融安定化フォーラム(Financial Stability Forum:FSF)は、2008年4月11日、米国ワシントンで開催された7カ国財務大臣・中央銀行総裁会議(G7)において、今般の金融市場の混乱の要因分析と今後の対応についての提言に関する報告を行った。その中で、国際会計基準審議会(IASB)に対しては、三つの要請を出している。まず、IASBは市場が活発でない状況における金融商品の測定に関する指針を充実すること、そのために専門家の助言パネルを設置すること、二つ目は、IASBは公正価値の測定及び開示にあたって用いられた手法及び不確実性の開示を充実するよう基準を強化すること、三つ目は、IASBは早急にオフ・バランスシート事業体に関する会計及び開示の基準を改良させるとともに、国際的なコンバージェンスに向けて他の基準設定主体と協力する、というものであった。

(2)FASB及びIASBの対応

2008年第1四半期から強制適用されている米国会計基準のSFAS第157号では、時価算定に用いるデータを以下の3つに分類し、レベル1のデータからレベル3のデータの順に優先される旨明示されている。

  • (ア)市場価格(レベル1): 活発な市場における相場価格。
  • (イ)類似資産の市場価格等(レベル2): 観察可能なデータを利用。
  • (ウ)会社内部のデータ(レベル3): 観察不能なデータを利用。

2008年9月30日、米国証券取引委員会(SEC)及び米国財務会計基準審議会(FASB)は、上記の取扱いを明確化する指針を公表し、さらに、同年10月10日、FASBスタッフの意見として、財務会計基準書(Statement of Financial Accounting Standards:FAS)157-3「市場が活発でないときの金融資産の公正価値の決定」が公表された。これにより、証券化商品等に市場流動性が枯渇し市場価格が極端に低下する場合には、レベル2に代えて、レベル3の評価技法による理論値を推計すべきことがありうる旨を関係者に喚起した。

また、IASBは、スタッフの見解として、10月2日、IAS第39号「金融商品: 認識及び測定」と、9月30日にSECとFASBから公表された内容とは、整合的である旨のコメントを公表している。

この間、米国で緊急経済安定化法案が議論され、この中に、SFAS第157号の適用を停止する権限をSECに与えた(実際はすでに存在する権限の確認規定であると理解されている)ことから、公正価値会計の問題はにわかにマスコミで取り上げられることとなり、公正価値会計のあり方について、関係各方面から様々な声明、意見、アンケート結果等が公表された。

米国の緊急経済安定化法は、下院での否決など紆余曲折を経た後、上記SECへの権限付与については原案通りのまま、10月3日に可決された。

IASBは、上述のFSFからの要請への対応を着実に行い、一つ目の要請に対しては、2008年6月に金融商品の測定・評価の専門家からなる諮問パネルを設置し、これまでは活発な市場があった金融商品について、そのような市場がなくなり、流動性が低下した場合に、どのように公正価値を測定するかという問題の議論を行った。その議論の結果は同年10月31日に報告書として公表された。二番目の公正価値の測定の不確実性の開示についての対応に関しては、同年10月15日付けでIFRS第7号「金融商品: 開示」の改訂公開草案を公表し、金融商品の公正価値測定について、SFAS第157号における規定と同様のレベル別の開示を要求している。三番目のオフ・バランスシート事業体の会計処理と開示の強化については、同年12月18日にIAS第27号及びSIC第12号を改正する公開草案を公表した。

また、IAS第39号をどのように見直すべきかについて、IASBは2008年10月20日に行動計画を公表した。ここでは、ハイレベルな関係者による金融危機諮問グループの組成、円卓会議の開催、金融商品ワーキング・グループの拡充改組の3点が、FASBとIASBとのイニシアティブとして表明されており、2008年末までに金融危機諮問グループのメンバーの公表、ロンドン、ノーウォーク、東京での円卓会議が開催された。

(3)債券の保有目的区分の変更について

国際財務報告基準(IFRS)及び米国会計基準においては、有価証券は、所有者の保有の意思と能力により区分され、その区分に応じた会計処理が要求されている。

米国会計基準のSFAS第115号及びSFAS第65号は、極めて稀なケースにおいては、売買目的保有区分から満期保有目的の債券等への保有目的区分を再分類できることとされており、能力と意図が明確な場合には、債券から貸付金等債権への分類変更も認められている。IFRSは、こうした保有目的区分の変更等を認めていないことから、会計基準の違いにより欧州の金融機関が不利な扱いを受けることがないようIASBに対して、EU加盟国から強い圧力がかかった。これは、「level playing fieldの達成のための改訂」と表現されている。また、これが達成できない場合には、EUは、IAS第39号の該当箇所をカーブアウトする用意があることが表明されていた。このため、IASBは、北京で開催された評議会の承認を経た後、2008年10月13日にデュー・プロセスを経ることなく、IAS第39号とIFRS第7号を改正する「金融資産の保有目的区分の変更」が公表され、かつ、7月1日に遡及して適用することを認めた。この結果、7月1日の時価での保有目的区分の変更が可能になり、これが会計基準の時価評価の緩和等の報道となって新聞紙上を賑わした。また、実際に欧州ではこの再区分を採用する金融機関が現れた。

(4)会計基準の設定に対する政治的圧力

上記のように、IASBはデュー・プロセスを経ることなく基準を改正したが、欧州委員会(EC)は、IAS第39号の更なる変更を12月の決算に間に合うように行うよう、要請を行った。基準設定主体の独立性が危ぶまれる状況にあり、また、ワシントンで開催される金融サミット(G-20)で公正価値会計のことが議題に上がることが予想されていたために、再び関係各方面から、高品質な会計基準の設定にはデュー・プロセスが重要であること、政治的な介入を避けるべきといった声明やレターの発出が相次いだ。企業会計基準委員会財団(IASCF)も、サミット議長を務めるブッシュ大統領宛にレターを送付した。

G-20は、2008年11月15日に「金融市場及び世界経済に関するサミット宣言」を採択したが、この中で、会計基準に関しては、2009年3月31日までの緊急対応と中期的な対応が勧告された。緊急対応としては金融商品の評価・開示に関するガイダンス強化、オフ・バランスシート事業体に対する会計及び開示の基準への対応等が提言され、中期的にはグローバルな会計基準を作成するという現在の枠組みが確認された。

(5)我が国の金融危機への対応

ア. 時価評価について

10月16日に、企業会計基準委員会(Accounting Standards Board of Japan:ASBJ)が「時価評価とその算定を巡る会計基準等について」と題するプレス・リリースの公表と同時に、実務対応報告公開草案第28号「金融資産の時価の算定に関する実務上の取扱い(案)」を公表した。同月28日、公開草案は、実務対応報告第25号として確定した。

実務対応報告第25号においては、我が国の金融商品会計基準第6項が、「時価は、公正な評価額をいい、市場において形成されている取引価格、気配又は指標その他の相場(以下「市場価格」という。)に基づく価額をいう。市場価格がない場合には合理的に算定された価額を公正な評価額とする。」とし、そして、時価は、「取引を実行するために必要な知識をもつ自発的な独立第三者の当事者が取引を行うと想定した場合の取引価額である。」(金融商品実務指針第47項)としていることから、不利な条件での取引や他から強制された取引による価格は、時価として妥当ではない旨説明している。

イ. 債券の保有目的区分の変更について

我が国の会計基準は、売買目的有価証券から満期保有目的の債券への変更は容認していないことから、2008年10月28日に「債券の保有目的区分の変更に関する論点の整理」が公表され、コメントを求めて検討した上で、11月12日に実務対応報告公開草案第29号「債券の保有目的区分の変更に関する当面の取扱い(案)」が公表された。11月28日までコメントを求め、12月5日に実務対応報告第26号として公表された。

本実務対応報告では、稀な場合に限定し、売買目的有価証券から満期保有目的の債券への保有目的の変更を容認している。また、この適用は、当該実務対応報告公表日から2010年3月31日までの適用とするとされ、その後の取扱いは、改めて検討するとされた。また、当該意思決定が2008年10月1日前に行われているときは、2008年10月1日に行ったものとみなすとも定められた。

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