2. 国際会計基準審議会(IASB)の成立
2000年12月にロンドンで開催された第85回IASC理事会において、新理事会で検討が望まれる事項がステートメントとして纏められた。主な内容は以下の通りである。
- 企業結合、割引、業績報告書、保険、採取産業、金融商品が仕掛中
- 各国基準の統合の推進
- IOSCO承認後のIASの部分的手直し
- 公正価値測定理論の精緻化
- 株式による支払いの会計
- 文章による説明も含めた財務報告のあり方
- 概念フレームワーク
- IAS基準書の表現のあり方
- 中小企業の会計基準
- 公会計
- 電子的ディスクロージャー
- 会計基準の適用の推進のための規制機関との協力
2001年1月21日に新定款の効力が生じ、28年間にわたるIASCの活動は幕を閉じ、会計士のみが会計基準を設定する時代は終焉した。
新定款における新組織の目的は、「高品質で、理解可能、かつ強制力のある単一で一組の国際的な会計基準を開発すること」とされ、また、「各国の国内会計基準と国際会計基準を高品質でコンバージェンスさせること」が明記された。
新理事会の名称は国際会計基準審議会(IASB)とされ、その理事14名は、評議会によって任命され、2001年1月25日に公表された。英国会計基準設定主体ASBの議長であったトゥイーディー卿が議長として任命され、日本からは山田辰己会員が、日本の基準設定主体のリエゾンとして選任された。選出された理事の内訳は、米国から5名、英国から2名、加、独、仏、豪、南ア、スイス、日本各1名となっており、12人の常勤者のうち7名はリエゾン・メンバーとなった(リエゾン国は、米、英、加、独、仏、豪、日)。この新理事会IASBは、2001年4月1日から活動を開始し、記念すべき第1回会議は、2001年4月18日から20日の3日間ロンドンで開催された。
この会議で、2001年4月1日現在で存在しているIASと解釈指針(SIC)は、今後IASBが変更を行うまで従来同様国際会計基準として有効であることが承認された。さらに評議会の承認により、今後IASBが設定する基準の名称は、「国際財務報告基準(IFRS)」とされた。
2001年7月31日に、IASBは最初の検討テーマとして9つのテクニカル・プロジェクトを公表した。9つのプロジェクトのうち、4つはIASBによるリーダーシップの発揮あるいは会計基準の統合を目的とするもの(保険契約、企業結合、業績報告、株式報酬)、2つは現行の会計基準の適用を容易にすることを目的とするもの(IFRSの初度適用に関する基準、金融機関の活動: 開示及び表示)、3つは現行のIFRSの改善を目的とするもの(IFRSに関する趣意書、現行のIFRSの改善、IAS第39号「金融商品: 認識及び測定」の改訂)であった。
上記の各プロジェクトに加え、その他の16の諸問題についても、各国基準設定主体のうち1つ又はそれ以上によって審議が進められ、IASBは、各国基準設定主体間の相違、若しくはIASBとの間の相違を特定し、可能な限り速やかに解決できるようにするため、今後とも各国基準設定主体とともに作業を進めるか、あるいは少なくともこれらの作業を注視していくつもりであるとされた。
各国によるIFRSの受け入れ可能性を向上させること等を目的に、IASBは当初リエゾン国の会計基準設定主体とパートナーシップを組んで、共同で作業を行っていくアプローチを採用した。
IASBは発足後直ちに巡航速度に達し、2003年6月19日に組織変更後初の基準であるIFRS第1号「IFRSの初度適用」が公表された。その後、下記に示す2005年からの欧州でのIFRS適用に向け、IASBは急ピッチで作業を進め、2004年3月までに、IFRS第2号「株式報酬」、IFRS第3号「企業結合」、IFRS第4号「保険契約」、IFRS第5号「売却目的で保有する非流動資産及び廃止事業」の4つの基準を作成・公表した。また、IOSCOが2000年にIASを承認した際に、更に改善を要するものとして指摘した事項を受けて、IASBは14のIASの見直しを進めてきたが、2003年12月18日付けでこのIAS改善プロジェクトの成果を公表し、このプロジェクトは完了した。
3. 欧州におけるIFRSの採用
欧州連合(EU)は、さらなる市場統合を目指し、欧州独自の会計基準設定主体の創設を検討していたが、議論の末、欧州委員会(European Commission:EC)は、1995年11月に「会計の調和化―欧州企業に対する財務報告の枠組みの改善のための新たな戦略」を公表し、IASCが推進している国際的な調和化のプロセスにEUの重点を置く方針を明らかにした。米国の資本市場の魅力が増す中で、基準設定においても米国の影響力が大きくなることを懸念した欧州は、IASCにおいて欧州の声を反映させるという戦略的な判断からこの方針への転換を図った。
その後EUは、1999年5月に「金融サービス行動計画」を策定し、2005年までにEU域内金融市場統合の完成を目指すとの目標期限を設定した。さらに、2000年3月のリスボン戦略において、2010年までに、「世界で最も競争力があり、かつ力強い知識経済となること」を目標とし、6つの優先分野を定めたが、そのうちの一つとして金融サービスを挙げている。
2000年6月には、「EUの財務報告―進むべき道」と題する勧告を公表し、欧州域内企業が欧州の証券市場に上場している場合に、2005年1月以降開始する事業年度から連結財務諸表を国際会計基準(IAS)に基づいて作成することを義務づけることを公表した。ここではさらに、IASをEUの法制に組み込むための採用手続(エンドースメント・メカニズム)の必要性についても言及されている。
これを受けて、2002年7月19日に「IASの適用に関する規則」が採用された。これにより影響を受けた報告企業の数は約7,000社であった。
その後EUは、エンドースメント・メカニズムを構築した。これは、民間の組織で、学者、アナリスト、監査人、経済界からの代表、利用者等から構成される欧州財務報告アドバイザリーグループ(European Financial Reporting Advisory Group:EFRAG)がIAS/IFRSの技術的側面を評価し、ECに対する助言を行った後、EU加盟国の規制当局者から構成される会計規制委員会(Accounting Regulation Committee:ARC)が承認するという仕組みである。
2003年9月に、当時存在していたIAS及びSICのほとんどが採用されたものの、EU域内の金融機関から金融商品の会計基準に対する根強い反対が表明され、議論は膠着した。結局、IAS採用直前までコンセンサスは得られず、2004年11月に、IAS第39号の公正価値オプションとヘッジ会計の一部の条項のみ、「カーブアウト」と呼ばれる適用除外とすることで、IAS第39号の承認に至った。カーブアウトされた公正価値オプションについては、当初その適用に関し制限が設けられていなかったために、EUが懸念を示していた。この懸念に対応する形で、IASBは公正価値オプションの適用に一定の条件を設けることで基準を改定し、当該箇所のカーブアウトは解消した。
4. 米国財務会計基準審議会(FASB)とIASBの「ノーウォーク合意」
上記のように欧州におけるIFRSの採用が決定し、リエゾン国関係等のIASB成立時からのIFRSを取り巻く環境が変化してきた。
このような中で、世界の2大会計基準の作成主体である米国財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board:FASB)とIASBは、米国会計基準とIFRSとのコンバージェンスに対するコミットメントを正式に示すために、2002年10月に「ノーウォーク合意」を公表した。ノーウォーク合意では、出来るだけ早く、相互の既存の会計基準に完全に互換性を持たせること、及び互換性を維持するために、双方の作業プログラムを調整すること、の2点について両審議会による最善の努力が払われることが合意された。さらに、優先事項として次の4点を実施するとしている。1. 米国会計基準とIFRSとの差異を解消する短期プロジェクトを実施する、2. 2005年1月1日の時点で存在する差異を、将来の作業プログラムの調整を通じて解消する、3. 現在実施している共同プロジェクトを継続して進める、4. それぞれの解釈指針を作成する機関がその活動を調整するよう促す。
FASBとIASBとの合同会議はその後年に2回開催され、共同プロジェクトの最初の基準である「企業結合」が、2007年に公表された(IASBは2008年1月に公表)。