1. 国際会計基準委員会(IASC)の組織変更案
(1)戦略作業部会のディスカッション・ペーパー「IASCの将来像」
コア・スタンダードの完成に邁進していた国際会計基準委員会(International Accounting Standards Board:IASC)は、1997年7月に14名のメンバー(日本からは関西学院大学平松一夫教授が参加)からなる戦略作業部会を設置し、IASCをめぐる環境の変化に応じて、組織のあり方等IASCの将来の発展のための戦略の検討を開始した。
1998年12月7日、戦略作業部会は、IASCの組織構造を大胆に改革していくための「IASCの将来像」と題するディスカッション・ペーパーを公表し、IASCを取り巻く環境の変化として次の8点を挙げた。
- 国際的な資本市場が急激に成長していること
- 世界貿易に対する障害を取り除くために国際機関や地域機構による努力がなされていること
- ビジネス規制を国際的に統一化する傾向が見られること
- 国内の会計要求と実務に対する国際会計基準の影響が増大していること
- 商取引において革新がみられること
- 新しい種類の財務情報その他の業績情報に対する利用者からの要求が増大していること
- 財務情報その他の業績情報の電子的伝達において新しい発展がみられること
- 市場経済への移行国、発展途上国、新興工業国において適切で信頼できる財務情報その他の業績情報に対するニーズが増大していること。
このような環境変化により、透明性と比較可能性を提供する高品質の会計基準に対する市場からのニーズはますます増大しており、IASCがこのニーズに適合することが出来るように組織構造の変革を行うことが重要であるとしている。
当時のIASCのメンバーは、国際会計士連盟(International Federation of Accountants:IFAC)に加盟している職業会計士団体であったが、本提案では、評議会によって任命される11名のメンバーで基準開発委員会 (Standards Development Committee:SDC) を構成し、その内訳は、常勤の議長1名、専門的、人的及び財政的資源を持つ国々の基準設定機関によって指名される6~8名の個人、並びに、作成者、利用者、開業会計士及び学者のような他のグループから選任される2~4名の個人とされた。
そのうち、7名は経済協力開発機構(Organisation for Economic Cooperation and Development:OECD)加盟国、少なくとも2名は発展途上国からの人選を予定している。さらに、基準開発委員会のすべてのメンバーは、そのメンバーの国内基準設定機関で費やす時間を含め、基準設定に少なくともその半分を費やすべきともされ、うち6名は国内での時間も含めて100%会計基準設定に関与しなければならないとされる。メンバーの給与等は、出身母体の各国会計基準設定主体が負担するとされている。
基準開発委員会の他、基準開発委員会の作成する公開草案及び国際会計基準の最終承認を行う理事会、及びメンバーの任命を行う評議会の設置が提案された。
本提案の特徴は、IASCと各国基準設定機関との共同作業を提案していることであり、この点が、当時の我が国にとっての最大の論点となった。当時の日本の基準設定主体であった企業会計審議会では、条件に適合する対応が取れなかったからである。フランスやドイツもこれへの対応を迅速に行っており、日本の対応が急がれた。
(2)IASC議長と事務総長からの新提案
1999年6月にワルシャワで開催されたIASC理事会の直前に、IASCのエネボルドセン議長とカーズバーグ事務総長の連名で突然新たな提案が出されたが、その内容はディスカッション・ペーパーに述べられた提案内容と大きく異なり、単一の国際会計基準設定機構を設け、基準設定過程から職業会計士団体の役割を大きく減らすような内容になっている。ディスカッション・ペーパーと新たな提案との主な相違点を示せば次のとおりである。
「IASCの将来像」 | 新たな提案 | |
---|---|---|
基準設定機関 | 理事会と基準開発委員会(SDC)の二本立て | 各国基準設定機関出身者を中心とした単一機関(新理事会) |
職業会計士団体の関与 | 最高決定機関としての理事会 | 直接には特にない |
基準設定機関の規模 | SDCは11人 | 新理事会は20人 |
基準設定機関のメンバー | 実質的に国別に推薦(OECD国を中心にして地域的なバランスを取る) | 評議会が個人別に任命 |
基準設定機関のメンバーの地位 | 各国基準設定機関に所属 | IASC所属もある |
評議会のメンバー(12人) | IFACから3人、諮問グループ3人。この他の選出方法は不明確 | IFACから5人の他IOSCO、世界銀行等との協議で選任 |
資金 | 主に既存のIASCの組織を通じて集める | 政府、会計士協会、作成者、取引所等から集める |
起草委員会 | 予定されていない | 設ける |
諮問委員会 | SDCのメンバー以外(人数不詳) | 50人(新理事会のメンバー以外) |
新たな基準設定機関(新理事会)の構成は次のように考えられている。
- 職業別に、各国基準設定機関から7名と議長、会計士5人、作成者5人、その他利用者・学者等
- 地域的に、北米6人、欧州6人、アジア・オセアニア4人、その他4人
- 常勤者は少なくとも5人程度(給与はIASC負担)
新たな提案の内容は、おおむね米国財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board:FASB)の主張である「国際会計基準の設定は、会計士団体とは別の各国基準設定機関出身者で構成された機構で行い、会計士団体の承認を不要とすべき」という主張に沿ったものといえ、日本にとっては、より厳しい条件が突き付けられたものと言えた。
1990年代後半にIASCが目指していたコア・スタンダードとは、国際的に資金調達を行う企業が用いることを前提にして、国際的な比較可能性を保証する、いわば暫定的な最低基準としての性格を持つものといえた。しかし、世界経済の統合化の流れの中で、IASCに求められる次の段階の課題は、世界の多くの国で統一的に使用できる一組の高品質でグローバルな会計基準を作ることであり、そのため、IASCは各国の基準を統合するためのリーダーとなるべきであるというような認識ができつつあった。
この提案はその後戦略作業部会で議論されたが、その内容は端的に言えば、米国証券取引委員会(Securities and Exchange Commission:SEC)が主張する、機動性・効率性を重視した外部から独立した少数のエキスパートによる基準設定機関とするのか、欧州などが主張する多様な地域からの多くのメンバー参加による合議制を基盤とした基準設定機関とするのかという2つの相反する考え方の対立にあった。
米国の考え方は、1940年以降米国において会計基準が形作られた経験に基づくものであり、FASBがモデルとなっている。他方、欧州のモデルは、関係する国の代表によってそれぞれの国の主張の折り合いをつけながら、最大公約数的な基準を作ろうということである。意見の対立の背景には、当時開発される国際会計基準(International Accounting Standards:IAS)が実質的には、米国会計基準のコピーであり、また、コア・スタンダードとして国際資本市場で使われる国際基準を目指すならば最大の資本市場を擁する米国の支持が不可欠という現実的な認識と、一方で、米国に実質的に主導権を握られてしまうことに対する反発、ないしは米国主導で他国の意見は無視されるのではないかという懸念のそれぞれがあった。
仮に調整が不調となれば、FASBは独自あるいは英国、オーストラリア、カナダなどアングロサクソン国と連携して別個の国際会計基準設定機関の設立に動く可能性もあり、そのような方向に進めば、IASCの国際会計基準設定機関としての信頼性に重大な悪影響を及ぼすことになるため、調整が続けられた。
(3)組織改革の決着
1999年11月にベニスで開催されたIASC理事会にて、IASCの将来像に対する提案が承認された。合意に達した新提案の骨子は次のとおりである。
IASCは一つの独立した組織体の財団として設立される。新しいIASCは、評議会(Trustees)と理事会(Board)の2つの主要な組織を持ち、会計基準設定の責任を持つ。
指名委員会
指名委員会は理事会によって任命され、IASCの将来像を具体化するために、最初の「評議会」グループを選任する。この指名委員会は、公共の利益に基づいて活動する著名な5名から8名の選ばれた個人で構成される。次の評議会の最初のメンバーを指名した後解散する。
評議会
評議会は、様々な地理的背景、出身母体を持つ19名の個人で構成される。評議会は理事会、解釈指針委員会、基準諮問委員会のメンバーを任命する。加えて、IASCの活動成果及び資金調達状況を監視するために、評議会はIASCの予算承認と定款の変更に責任を持つ。
最初に結成される評議会の地理的分布は、北米地域から6名、欧州地域から6名、アジア・太平洋地域から4名、その他の地域から3名が選任され、この地域的バランスはその後も維持される。出身団体は、世界的会計事務所出身2名を含む会計士が5名、IASの利用者が1名、作成者が1名、学者が1名とし、残り11名は出身団体を特定しないこととする。
理事会
現在の理事会は14名(12名の常勤者及び2名の非常勤者)から成る新理事会に置き換わる。新理事会メンバーに求められる要件は、高度な専門知識といかなる地域的利益にも左右されずに理事会のために最善の判断を下せることである。新理事会メンバーのうち少なくとも5名は監査人、3名は財務諸表作成者、3名は利用者、1名は学界を背景とする者から選ばれる。
14名の理事会メンバーの内7名を超えない数名は、自国の会計基準設定主体と直接的なリエゾン関係を有することが望まれる。これは、IASCでの決定をそれぞれ会計基準設定機関の会合に出席して伝え、結果としてIASが各国で最大限受け入れられるように調整することが求められる。
基準、公開草案及び解釈指針委員会による最終的な指針の公表は、理事会メンバー14名の内8名の同意を要する。
基準諮問委員会
新たな基準諮問委員会は、理事会に入らない国のために、様々な地域や経歴を背景とするグループや個人から構成され、理事会及び評議会に適宜助言を行う。
解釈指針委員会
解釈指針委員会は現在のまま継続する。
さらに、IASCのスタッフは15人程度に拡充され、全体予算は当時の4倍程度の年間1,000万ポンド(当時のレートで17億円)の規模になる。
新たな組織案には、IASCの目的を「公共の利益の下で、世界の資本市場の参加者にとって適切な意思決定が可能なように、高品質で透明かつ比較可能な情報が財務諸表で提示できるための、単一の高品質な、広く理解可能で適用可能なグローバルな会計基準を作る」ことと明記された。
IASCの組織改革に伴う定款変更案は、2000年3月にサンパウロで開催された理事会で承認され、さらに同年5月にエジンバラで開催される総会での承認を経て、正式に新たな組織に移行することとなった。