「有報の総会前開示は制度対応ではなく、対話高度化のための経営判断」
・有報の総会前開示は、株主・投資家にとって真に意味のある姿を目指す「経営判断」として捉えるべき・議決権基準日を4月末へ変更し、総会を7月に後ろ倒すことで、株主との対話を深め、企業価値を向上させていく
・総会1か月前の一体開示と総会時期の分散は、投資家側の負荷を軽減して対話の質を高める
・会場費の低減や人的リソースの平準化など、コストの合理化も期待できる
本インタビューは2026年3月6日に公表した記事を基に要約したものです。
五十嵐 知子(取締役CFO)
「有報の総会前開示は制度対応ではなく、対話高度化のための経営判断」
・有報の総会前開示は、株主・投資家にとって真に意味のある姿を目指す「経営判断」として捉えるべき山崎 紘彰(執行役員 VP of Strategy)

「グローバルスタンダードへの適応により企業価値を高める」
・有報が株主に十分に検討された上で総会が開催されるのは世界のスタンダード、グローバル展開を加速させる当社にとって避けては通れない道長野 友樹(財務経理IR部門責任者)

「限られたリソースでも、外部との連携で質の高い一体開示は可能」
・当社は4名という少数精鋭の体制だが、行政や監査法人、印刷会社と密に連携することで、品質を維持したまま一体開示を実現できるクィン 幸恵(財務経理IR部門開示担当)
「単なる書類の統合を超え、利用者にとって分かりやすい開示への進化」
・一体開示は、情報の重複を削るだけでなく、情報を再設計し「より伝わる形」へ進化させる絶好の機会小島亘司(日本公認会計士協会 制度整備・法改正担当常務理事)
・ソラコム社は、既存の慣行に縛られず、経営判断としてあるべき姿を追求
左から、小島 亘司常務理事、五十嵐 知子氏、山崎 紘彰氏、長野 友樹氏インタビュー登壇者
インタビューの構成
【小島】
日本公認会計士協会にて制度整備・法改正を担当しております常務理事の小島と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。 はじめに、自己紹介と会社の事業概要のご説明をお願いできますでしょうか。【五十嵐】
株式会社ソラコムで取締役CFOを務めております五十嵐です。本日はこのような機会をいただき、誠にありがとうございます。私は現在、経理やIRを含む経営管理全般に加え、株主総会などの機関運営も担当しており、コーポレート領域全体を統括しています。前職では、大手事業会社でIR業務に携わり、年金資産運用にも関わっていました。 そのため、企業側としてのIRだけでなく、アセットオーナーとして投資家の皆さまと向き合う視点も持ち合わせています。本日は、当社が取り組んでいる「総会前の有報開示」、「一体開示」について、前例のない挑戦をすることを、餌を求めて群れの中で最初に海に飛び込むペンギンに例えて"ファーストペンギン"と呼びますが、まさにファーストペンギンとして、実務の観点から率直にお話しできればと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。【山崎】
私は、執行役員 VP of Strategyとして、主に経営戦略をはじめ、M&A、子会社管理、そして一部のガバメントリレーションシップも担当しています。また、IRにも一部関わっています。前職では投資銀行に所属しており、その中でも株式の資金調達を中心にアドバイザリー業務を行っていました。 そうした経験から、当社の株式をより多くのお客様にお持ちいただき、投資家との対話をさらに充実させていくことを重視しています。グローバルなプラットフォームを目指す上でも欠かせない考え方だと思っています。その理念に基づき、今回の取組についても、積極的に推進しているところです。どうぞよろしくお願いいたします。
【長野】
私はソラコムで財務経理IR部門の責任者を務めており、事業計画の策定から財務・経理・IR業務まで幅広く担当しています。今回の一体開示に関しては、外部向け開示書類の作成に関わっており、プロジェクトをしっかりと推進していきたいと考えています。 私は2021年にソラコムに入社しまして、その当時はIPOに向けたプロジェクトが本格化していた時期で、その推進役を担うために加わった経緯があります。前職では大手監査法人に11年ほど在籍し、監査業務に加え、IPOのアドバイザリー業務にも従事していました。 ソラコムに転職後、企業側が抱える悩みや実務上の課題を肌で感じる機会が多く、監査法人時代には見えていなかった視点も得られました。本日は、会計士としての実務経験と企業側の実務経験、その両方の立場からお話しできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
【クィン】
私は上場直前の2022年にソラコムに入社し、今年で4年目になります。現在は、経理業務から内部監査、IRまでコーポレート領域を幅広く担当しています。今回の一体開示の取組についても、非常に先進的なプロジェクトだと感じており、その実務に携わることができ大変ありがたく思っています。前職では約9年間、監査法人で監査業務を中心に従事した後、事業会社へ転職し、そこでは10年以上にわたり上場準備などの業務に携わってきました。これまでの経験を踏まえて、本日はお話できればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
【五十嵐】
私の方から当社ソラコムの事業概要をご紹介させていただきます。 ソラコムは、IoTを中心にAIを融合したグローバルプラットフォーム『SORACOM』を提供している会社です。一言で申し上げるなら、"世界中のあらゆるモノをAIにつなぐ高速道路をつくっている会社"とイメージしていただければと思います。
【小島】
ありがとうございます。まず、今回、議決権行使基準日を変更して総会の3週間以上前の開示に取り組まれた理由・背景・その意義について、教えて頂けますでしょうか。
【山崎】
大きく二つあると考えています。 まず一つ目は、株主の皆さまとしっかり対話する時間を確保したいという点です。
【小島】
株主や投資家の皆さまからは、今回の一体開示の取組について何かコメントや評価は寄せられているのでしょうか。
【山崎】
株主の皆さまについては、昨年度の総会において定款を変更した際にご賛同(編集者注:臨時報告書にある賛成比率(99.71%))をいただいており、その時点で今回の取組に対するご理解はしっかり得られたのではないかと感じています。 また、定款変更のタイミングで投資家の方と意見交換を行ったのですが、「これは面白い取組ですね」、「とても有意義な取組だと思います」といった前向きなコメントをいただきました。現時点では、今回の一体開示への取組について、一定の評価をいただけているのではないかと考えています。今後いかにエンゲージメントを深めていくかは、上場企業として重要な責務であり、多くの投資家も関心を寄せている部分だと感じております。
【小島】
現状のルールや慣行を変えるというのは簡単ではなく、実行にあたってはさまざまな課題や議論があったのではないかと思います。今回の取組を進めるにあたり、特にどのような点を議論されたのか教えていただけますでしょうか。
【山崎】
まず論点になったのは、限られたリソースの中で、いかにこの新しい取組を実現していくかという点でした。今回の取組を進めることで、開示書類の作成から投資家の皆さまとの対話まで、限られた体制でより効率的に回していく必要が出てきます。そのため、どのようなプロセスで、どのようなタイムラインで進めるのかがポイントになっていました。
山崎 紘彰氏【小島】
毎年7月に実施されているソラコム社の年次カンファレンスの話を伺っていて、日本企業の決算、開示、総会のサイクルに沿って企画されているその他のイベントについても検討が必要ということを改めて感じました。
【長野】
補足しますと、ソラコムの年次カンファレンスは、単なるイベントではなく、創業時から続く当社の文化として根付いているものです。お客様やパートナー企業、そして投資家の皆さまも含め、幅広いステークホルダーに向けて、当社のビジョンや戦略、これからの方向性を直接お伝えする「外部への経営方針発信の場」になっています。 こうした大規模な場が恒例行事として7月にあり、外部の皆さまにも"年に一度、ソラコムが新しいスタートを切る時期"として認知されている。その文化と、新しい開示のスタイルをどう折り合いながら設計していくかという点は、私たち自身にとっても重要なテーマでしたし、他社でも同じような悩みに直面することがあるのではないかと感じています。 つまり、会社として根付いたリズムや文化、開示制度との整合性、ステークホルダーへの情報発信の在り方これらをどうバランスさせるかは、我々だけでなく、多くの企業が考えるべきポイントなのではないかと思います
【山崎】
基本的に、当社のカンファレンスも、今回の株主総会も、どちらも「ステークホルダーとの対話を通じて企業価値をどう高めていくか」という点が本質にあります。 その意味では、仮に時期が近接していたとしても、それぞれの担当チームは異なりますし、目的が同じ方向を向いているのであれば問題はない、という考えに立っています。つまり、企業価値の向上、そしてステークホルダーとの対話の進化。この二つのゴールに向けて力を尽くしていくという点について、マネジメント間でしっかり合意できた。そこが今回の判断の大きな支えになりました。
【小島】
ステークホルダーとの対話を通じて企業価値の向上を高めるという本質を社内で共有し、スケジュールを検討されたプロセスは大変参考になりました。
【小島】
今回の取組に関して、監査等委員からはどのような意見がありましたでしょうか。検討時のポイントも含めて教えていただけますでしょうか。
【長野】
今回の取組については、執行側だけではなく、監査等委員を含めて丁寧に議論を進めました。制度的な変更点や説明責任のあり方といった観点に加えて、実務面で本当に運用できるのかという点は、特に慎重に検討する必要がありました。 先ほど申し上げたとおり、当社は4名というコンパクトな体制で、財務経理、開示書類の作成、IR対応までをすべて担っています。本来であれば部署が分かれていてもおかしくない業務を1チームで回している状況で、現状を変える負担が増える中、開示品質を損なうことなく遂行できるのか、ここは監査等委員会も特に精査したポイントでした。 今回の取組を後押ししてくれる環境として、行政の皆さまからもご支援をいただいており、例えば、経済産業省、金融庁、法務省といった各所から、一体開示への前向きなサポートを示していただいています。有報は金融庁、招集通知や事業報告は法務省と、法令ごとに管轄が分かれていますが、行政間の連携会議を通じて後押しの姿勢を明確にしていただけたことは非常に心強いものでした。 さらに、監査法人、印刷会社、信託銀行といった外部のステークホルダーからも協力が得られる見通しが立ちました。当社は社内リソースこそ限られているものの、社外と連携することで、品質を維持しながら一体開示を実現できる体制が整いつつあると判断できたことが、今回の決断を支えた大きな要素でした。 こうした外部からの支援体制が見えてきた点については、監査等委員会にも丁寧に説明し、一体開示を前向きに進められるという判断材料として共有しました。あわせて、開示品質に対するリスクについても、事前にどこまで把握できるのか、どの部分が実務上の懸念となり得るのかを、監査等委員の皆さまにしっかり説明し、理解していただきました。 また、株主総会を後ろ倒しにすることで、投資家・株主の皆さまとより深い議論を行えるようになるという点は、当社として大きな意義があります。 この点については、監査等委員会としても方向性を強く支持してくださり、「企業価値向上につながる取組である」という認識を共有できました。 こうした議論を重ねる中で、社内リソースの制約を抱えながらも、外部との連携を活用しつつ、開示の品質を保ったまま一体開示を実施できる。その見通しが立ったことが、最終的な判断につながったと考えています。
【小島】
先ほども触れて頂きましたが、今回の取組については、関係省庁の支援も大きかったのではないかと思います。制度を変えたり、開示のタイミングを動かしたりするとなると、企業側にも相応の負担が発生しますし、現行制度の解釈や実務面での調整も必要になってきます。金融庁も相談窓口を設置しており、個別に勉強会を開催するなど積極的にサポートされている印象があります。御社としても、そうした行政側の後押しというのは大きかったのでしょうか。
【長野】
関係省庁の皆さまからは大変手厚いサポートをいただきました。 経済産業省だけでなく、実際に一体開示を担当されている金融庁のご担当者、さらに法務省の皆さまなど、複数の省庁が関わるテーマでしたので、行政側とのコミュニケーションは重要なポイントでした。
長野 友樹氏【小島】
まさに今回、御社が「ファーストペンギン」として一体開示に踏み出したわけですが、その挑戦を多くの関係者が支えてくださっているという点は非常に大きいと感じました。 特に、国としても「企業と投資家の対話を通じた企業価値向上」、「日本の資本市場の国際競争力向上」という大きな観点から、総会3週間以上前の一体開示は進めていくべきというメッセージを示されていることは大きいと感じています。
【山崎】
今回の取組を進める中で、私自身すごく強く感じたのは、「国は本気」なんだなということでした。もちろん、実務で一番汗をかいているのは長野やクィンをはじめとしたメンバーですが、それに加えて、関係省庁の皆さまがきちんと担当者を立て、民間と同じテーブルで「一緒に進めよう」という姿勢を示してくださった。この空気感は非常に大きかったと思っています。 経済産業省、金融庁、法務省といった省庁の方々が、制度の壁を超えて連携しながらサポートしてくださる。さらに、日本公認会計士協会や監査法人の皆さんも、同じ方向を向いて伴走してくださっている。こうした動きから、日本として、上場企業と株主との対話をより深めていく方向へ後押ししたいという強い意思が感じられました。 そうなると、私たち企業としても「乗らないわけにはいかない」という気持ちが自然と生まれます。実務は大変ですが、国・関係者・そして企業が一体となって方向性を示している流れの中で、私たちが最初の一歩を踏み出す意味は大きいと感じています。
【五十嵐】
昨年、金融担当大臣から有報の早期開示の要請について、あれは単なる日付の話ではなく、国として明確な方向性を示したものだと受け止めています。ただ、それに機械的にコンプライするだけでは意味がありません。国が示そうとしている意図、すなわち「より透明で、投資家との対話が深まる資本市場にしていく」という方針をしっかり理解した上で、私たちとしてはより良い形で実現していきたいと考えています。
【小島】
それではここから、個別の論点についても伺っていければと思います。実務を進める中で、困っている点や課題として感じている部分について教えていただければと思います。 まずは、総会後ろ倒しによる役員選任の影響については、いかがでしょうか。
【五十嵐】
一体開示に伴って「役員の選任プロセスが難しくなるのではないか」と懸念される企業もあるかもしれませんが、当社としては大きな障害にはならないと考えています。理由は大きく二つあります。
【小島】
今のお話は、他の企業にとても示唆が大きいポイントだと感じました。 では、一体開示に向けた準備状況の話に移れればと思います。一体開示に向けた具体的な準備状況についてですが、こちらはいかがでしょうか。
【クィン】
現在は会社法上の事業報告書等と金融商品取引法上の有報を一体で開示することを目指し、そのドラフトの検討・作成を進めている段階です。まずは、前期の情報を盛り込んだ試作版を作成し、これをベースに金融庁や印刷会社の皆さまからご意見をいただきながら内容をブラッシュアップしています。 一体開示によって、作成やチェックの工程における重複業務の削減が期待できる一方で、総会前に株主の皆さまに提供する情報量は従前より多くなります。そのため、会社としてどの情報をどう伝えるべきか、情報の整理と構成の再設計を進めているところです。あわせて、2025年11月26日に公表された財務諸表等規則の改正により、人的資本に関する記載項目が追加される予定です。このような新しい非財務情報についても、有報の中で事業報告書の内容を統合し、よりメッセージ性の高い情報として発信できるような構成を検討しています。【小島】
一体開示を進める中で、重複解消による効率化メリットだけでなく、「より伝わる形に充実させていく」という観点も強く意識されているのだと理解しました。一体開示をより価値あるものにするために、具体的に意識されている点や工夫されているポイントがあれば、ぜひ教えていただけますでしょうか。
【長野】
先ほどクィンからも話があったとおり、一体開示にすると情報量がどうしても増えますので、そのままでは投資家・株主の皆さまにとって読むには分量が多すぎる内容となってしまいます。 そこで私たちとしては、単に書類を1つにまとめるだけでなく、より分かりやすく、伝わる形に工夫することを重視しています。今、どこまで実現できるか検討している段階ではありますが、たとえば開示書類の冒頭にサマリーの数ページを設けることを考えています。 カラーやビジュアルを活用し、当社の現状、事業の概況、業績推移など注目すべき情報を一目で把握できるような構成です。 上場時の目論見書の冒頭にあるカラーページをイメージしていただくと分かりやすいかと思います。まず「概要ページ」で全体像をつかんでいただき、詳細が気になる箇所はページ番号を記載することで参照先が分かるようにする、そのような読みやすい導線を目指しています。 つまり、統合による効率化だけでなく、伝わる資料に進化させることを目指しているというのが、私たちが今意識しているポイントです。
【小島】
会社法と金商法の両方の開示要件を満たしつつ、会社の思いが伝わる形が重要となりますね。【長野】
会社法と金商法の両方を満たそうとすると、どうしても開示書類のボリュームが大きくなってしまいます。その結果、かえって投資家や株主の皆さまに十分に目を通していただけなくなるようでは、私たちが目指している姿とはズレてしまいます。 だからこそ、単に開示事項を詰め込むのではなく、株主・投資家の皆さまとの対話がより深まるような形で情報を整理し、伝え方を工夫していくことが重要だと考えています。【小島】
私も株主・投資家の方々からよく伺うのですが、開示情報がさまざまなチャネルやタイミングで出てくることで、どうしても「情報が分散してしまう」という声は非常に多いんですね。決算短信があって、招集通知があって、有報があって、さらに統合報告書もあって...と、投資家や株主の立場からすると、どこを見れば全体が把握できるのか分かりにくい、という課題は以前から指摘されてきました。そういう意味では、「これを見れば全部そろっている」という一体開示の形が実現されると、利用者にとっても非常に使いやすくなるのだと思います。また、複数の企業がこの取組に参加していけば、企業間の比較可能性も自然と高まっていきますし、それは日本の資本市場全体にとってもプラスの方向だと感じます。だからこそ、今回の取組は、単に一社が頑張るという枠を超えて、国として後押しし、進めていくべきテーマなのだろうと改めて感じました。【山崎】
いま長野とクィンが話した点は、まさに非常に重要だと感じています。「メッセージ性のある開示にしたい」という表現がありましたが、その本質はどう会社のストーリーを伝えるかという部分です。特に、一体開示の書類が大きくなるのであれば、なおさら冒頭のカラーページに、私たちとして伝えたいサマリーをしっかり込めていくことが重要だと思っています。多少ボリュームが増えたとしても、最初の数ページを見れば企業全体の姿が把握できる。そんな構成をつくることこそ、私たちが目指しているメッセージ発信のあり方です。 また、先ほど「情報が分散する」というお話がありましたが、それは国内だけでなく海外投資家にとっても大きな課題だと思います。実際、私たちの場合も資料は英訳していますが、もし複数書類がバラバラに存在すると、海外投資家から見れば「どれを読めば会社の全体像がわかるのか」と迷ってしまうはずです。 一体開示が実現すれば、「まずこの一冊を見れば会社の全体像がつかめる」という状態をつくることができます。さらに、今はAIの分析能力も格段に上がっていますから、一つの統合されたドキュメントをAIが読み込むことで、より高度な企業分析や対話準備も可能になる。そう考えると、一体開示は海外機関投資家にとっても大きなメリットがありますし、日本企業の可能性が広がる取組になるのではないかと思っています。
【小島】
先ほど人的資本の開示の話も出ましたが、開示領域が広がっていく中で、英文での情報提供も求められるようになっています。そう考えると、開示を一元化し、効率的に整理していくことの重要性はますます高まっていると感じます。そして、それが実現すれば、投資家や株主の皆さまとの対話がよりスムーズになり、結果として、さまざまな声に企業側がきちんと耳を傾けられるようになる。その積み重ねが、まさに企業価値を高めていくプロセスにつながっていくのだろうと改めて思いました
【長野】
英文開示について補足させていただきます。現時点では、まずは一体開示の書類を作成し、その完成度を高めたうえで、将来的にはしっかり対応していきたいと考えております。 今後、開示事項に対する要求水準はさらに高まっていくと思いますし、海外投資家への情報提供という観点からも、英文開示は重要なテーマであると考えており、段階を踏みながらではありますが、将来的に開示充実にも取り組んでいく方針で考えています。
【小島】
一体開示を進めるにあたって、現時点で課題に感じていらっしゃる点はありますでしょうか。
【クィン】
現時点で、一体開示の準備を進めるうえで特に大きな困りごとがある、という状況ではありません。むしろ、現状では「一体開示の決まった雛形がまだ存在しない」という事情もあって、法律に準拠していれば、企業として自由度高く構成を検討できるフェーズにあります。当社としての意図や、投資家・株主の皆さまにとって分かりやすい形式を追求しながら、一体開示を進めていけると考えています。
長野 友樹氏【長野】
私の方から補足しますと、いま確認中の論点として「監査役・監査等委員会の監査報告書を一体開示の中でどのように取り扱うか」という点があります。 先日、JICPAからは「事業報告等と有価証券報告書の一体書類に含まれる財務諸表等に対する監査報告書に係る実務ガイダンス」の公開草案が公表され、監査法人側では準備が進んでいる状況です。一方、監査役・監査等委員会の監査報告書については、現時点でひな型が公開されていないものの、監査法人や関係省庁のサポートを得ながら進めています。当該監査報告書の位置づけについては、引き続き確認が必要な論点と認識しています。【小島】
次に、配当についても伺いたいと思います。御社は現時点で配当を実施されていないと理解していますが、将来的な運用を見据えて、何か議論されたことはありますでしょうか。
【五十嵐】
当社はスタートアップということもあり、現時点では株主還元を「配当」という形で行うフェーズにはまだ至っていません。期末配当を総会決議で行う場合、総会時期が後ろにずれると配当実施も遅れるのではないかという点があると思います。この点については、実務的にはいくつか対応の選択肢があり、定款を変更して期末配当を取締役会決議で実施できるようにする方法もその一つです。 この形式を採用すれば、株主総会の日程に依存せず、機動的に配当を実施することが可能になります。近年は事業会社における株主還元がより重視されており、機関投資家・株主双方からの期待も高まっています。その観点から考えると、株主総会での定款変更についても理解は十分に得られるだろうと見ています。 したがって、将来的に配当を実施する局面が来たとしても、総会時期の後ろ倒しが「配当の遅延」という問題につながるとは捉えていないため、取締役会決議による期末配当の形に移行することで、柔軟に対応できると考えています。
【小島】
配当基準日についてはいかがでしょうか。総会を後ろ倒しする場合でも配当基準日を期末日のままにするケースと議決権基準日と同日に変更ケースが考えられます。御社は、後者を選択されましたが、何か議論された事項があれば教えて下さい。
【五十嵐】
今回、当社では基準日を4月末に移すという判断をしており、実務として名簿を締めるタイミングが追加で複雑化する、というほどの影響はないと考えています。従来は3月末基準、今回は4月末基準へと一本化されるイメージです。現状は期末配当を実施していませんので、配当基準日の変更もしやすかった面があるかもしれません。当社のようなスタートアップの場合、基準日を複数設定するとなると、そのたびに名簿管理の事務が発生するため、相対的には負担が大きくなる側面はあり、避けたというのが正直なところです。なお、既に配当を実施されている会社様において、配当基準日を後ろ倒しにされる場合、実務上、配当支払日がどの程度後ろ倒しが必要かについては適宜証券代行機関(信託銀行等)にもご相談されてはいかがでしょうか。
【小島】
日本企業は「3か月の間にすべてを詰め込む」という構造が、やはり負担として非常に大きいのだと改めて感じます。 だからこそ、総会を後ろ倒しして、有報と総会を"一体で"設計し直すというアプローチには意味があると感じます。貴社のように4か月のサイクルにすることで、より丁寧に一体開示を作り込み、それを用いて株主と対話することができますね。【山崎】
当社の場合、7月末に株主総会を開催することで、"総会の集中時期"を避けられるというメリットもあります。6月は多くの企業が総会を実施するため、投資家の方々もどうしてもスケジュールが重なりがちです。その点、7月末に開催できれば、参加しやすい環境を整えられるという可能性があります。 特に、6月は株主総会が集中し、投資家や関係者の方々も非常にお忙しい時期です。もしその中で当社が6月開催のままであれば、他社とのバッティングで足を運んでいただきにくい場面もあったかもしれません。しかし、7月末という選択肢が出てくることで、「それならソラコムさんに行ってみようか」と判断していただけるきっかけにもなり得ます。 そうした意味でも、総会の後ろ倒しは、ステークホルダーとの対話の機会を広げるという観点からも、1つ大きなメリットなのではないかと考えています。【五十嵐】
かつて「総会集中日を分散させましょう」という議論が大きく取り上げられた時期がありましたが、いま改めてその重要性を感じます。実際、機関投資家側も議決権行使のプロセスをISSなどの助言会社の方針や、自社のガイドラインに基づいて進めていますが、6月に総会が集中するとどうしても対応が重なり、判断の負荷が高くなってしまいます。 その点、一体開示によって事前の情報理解がより深まり、さらに総会の開催時期が分散することで、投資家や株主の皆さまも参加しやすくなる。 これは、対話の質の向上という点でも、株主イベントへのアクセス性の向上という点でも、大きなメリットがあると感じます。
【小島】
総会や開示の負担を平準化することで、たとえば、残業時間削減など費用面での実務的なメリットがあるのでしょうか。差し支えない範囲で教えていただけますでしょうか。
【五十嵐】
費用面について申し上げると、まず会場費のメリットは確実にあります。 6月は株主総会が集中する時期で、ホテルの宴会場やホールは非常に取りづらく、価格も高騰しがちです。それが7月末になると、比較的会場の確保がしやすくなり、費用も落ち着きます。 また、社内の人的リソース面でも、繁忙期を避けられるのは大きいです。6月に業務が集中すると、残業や追加対応がどうしても増えますが、7月後半にずれることで、そのピークが緩和され、人的コストの負担も下げられると思います。 さらに、これは今後ですが、監査法人や印刷会社などの外部パートナーにとっても、「総会集中月を外すことで、チェックやレビューに割ける工数が平準化される」という可能性があります。 彼らも6月は繁忙期ですので、そこをずらすことで、結果的に外部費用の合理化につながる面も出てくるかもしれません。 現時点で明確に数字として表れているわけではありませんが、総会時期の分散は、会場費、人的リソース、外部パートナーの工数といった複数の側面で、将来的にPLへポジティブな影響を与える可能性があると考えています。
【山崎】
そうですね。今回が初年度ということもあって、どうしても準備工数が前倒しで発生していますが、本当の効率化は来年度以降に現れてくるのではないかと感じています。 一度「型」ができてしまえば、事業報告書・招集通知・計算書類、有報といった、これまで別々に作っていた書類の重複作業が大幅に削減されます。作成だけでなく、社内チェックや監査対応など、見えにくいところでかかっていた人的工数も確実に減っていくと思います。このため、社内のコストは、来年以降はむしろ負担が軽くなっていくというのが実感としてあります。初年度はどうしても投資的な側面がありますが、2年目以降から効率化の効果が表れてくる流れではないかと考えています。
【長野】
社内側だけでなく、外部の関係者にとっても負担が軽減されるという点は大きいと感じています。 印刷会社や監査法人といった、最終的に確認作業を担ってくださる皆さまも、6月の総会集中期までは非常に繁忙で、工数が逼迫しがちです。総会を7月に移し、一体開示でスケジュールを整理できれば、外部パートナーにとっても作業負荷の平準化につながる可能性があると思っています。
【小島】
企業としての負担も軽減され、さらには社会全体のコストが下がっていく方向に進むというお話は、非常に素晴らしいとと感じました。 最後に、今回の取組を踏まえて、会計監査人に対してお持ちの期待についてお聞かせいただけますでしょうか。
【長野】
会計監査人・監査法人の皆さまに期待しているのは、実務面での伴走支援の部分が非常に大きいです。制度の趣旨と、実際の現場で起きている業務との間にはどうしてもギャップがありますので、その橋渡しを一緒にしていただけると大変ありがたいと感じています。 具体的には、効率的な監査スケジュールの構築、有報の早期開示に向けた実務的アドバイス、最新の事例や実務動向の共有といったサポートを期待しています。 当社はスタートアップで、社内のリソースにも限りがありますので、どうしても「自社の周りで見える範囲」の事例に依存しがちです。一方、監査法人の皆さまは多くの企業の事例や多様な開示のかたち、さまざまな管理プロセスをご覧になっています。その知見を指導的な観点も含めて共有していただけると、当社としても管理の質を高める大きな助けになります。 そういった意味で、もちろん独立性は担保しつつですが、私たちと同じ目線に立ち、一緒により良い開示をつくっていく伴走型のパートナーとして支えていただくことを、とても期待しています。
【小島】
企業内部だけでは見えにくい部分に、客観的な視点で"横串"を刺していくというのは、まさに監査法人や公認会計士の価値だと感じます。単なるチェックにとどまらない全体を俯瞰した示唆があると企業側にとっても非常に心強いですね。
【山崎】
最後に一つだけ申し上げるとすれば、今回の一体開示を「単なる制度対応」として捉えるのか、それとも「新しいチャンス」として活かしていくのか、これは本当に、企業ごとの姿勢次第だと思っています。どんな取組であっても、意義や目的が明確でなければ前向きに進めることはできません。私たちにとって今回の一体開示は、ステークホルダー、特に株主・投資家の皆さまとの対話をより良くしていくための大切な手段の一つであり、その目的をしっかりと定義したうえで進めてきました。各社それぞれにこれまでの歩みがあり、これから挑む課題も異なりますが、その一つひとつを振り返りながら、この一体開示を「より良い変化のきっかけ」として捉えていただける企業が増えていけば、ファーストペンギンとして取り組んだ私たちとしても、これほど嬉しいことはありません。
【小島】
本日は大変貴重なお話を伺うことができました。 今回の取組を「制度対応」ではなく「価値創造の機会」として捉えていく姿勢に、強い示唆をいただきました。改めて、本日は誠にありがとうございました。